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科学読み物研究家・鈴木裕也の《注目書》『WILDHOOD野生の青年期』書評

2022.09.22

 

一般向けポピュラーサイエンス読み物を読み漁り、書評を書くライター・鈴木裕也さんが選んだ、イチオシの本を紹介するコーナーです

(白揚社の書籍に挟んでいる「白揚社だよりvol.13」からの転載)

 

 

 

ヒトも動物も冒険したい年頃は同じ
生きていくためのスキルを学ぶ青年期

 

2021年の秋にクラウドファンディングで資金を集め、徒歩で日本を縦断する旅にチャレンジすると宣言した18歳の若者が挑戦を断念することになったと報じられた。非常に残念なニュースだと思った。なぜならその理由が、この冒険があまりにも無謀すぎ、他人に迷惑をかける可能性がある行為だとSNSで多くの人から批判されたからだ。批判した人たちはぜひ本書を読むべきだろう。

 

本書の第1部で紹介される主役は南大西洋の島に棲むキングペンギンだ。彼らは親離れして青年期を迎えると、これまで外海で泳いだこともないくせに、捕食者であるヒョウアザラシが棲む海に向かって自ら飛び込んでいく。悲しいことに、多くの若いペンギンはハンターの手に落ちる。生存率が40パーセントしかない年もあるという。

 

冒頭の若者に限らず、人は若者時代に、つい無鉄砲で危険な行為に魅了されがちだが、どうやらそれは人間だけではないらしい。たとえば青年期のコウモリは捕食者であるフクロウを挑発し、リスは10匹ぐらい一緒になってガラガラヘビの近くを駆け回る。キツネザルは一番細い木の枝まで伝って歩き、ラッコの若者はホホジロザメのほうへ泳いでいく……こんな具合だ。

 

青年期の彼らはいったいなぜこんなリスクを冒すのか。その答えは「安全に生きていくため」だ。矛盾しているように聞こえるが、そうではない。外海に飛び込んだキングペンギンがヒョウアザラシに初めて出くわして運よく危機を切り抜けたら、2回目、3回目と遭遇の回数を重ねるたびに生き延びる可能性は高くなる。つまり捕食者を知り、逃げ方を学び、どうすれば生き延びられるかを学ぶことができる。若いキングペンギンが危険な行為を選ぶ理由はそこにある。

 

外敵と接することなく育った養殖のサケを自然界に戻すと生存率が低いという。青年期に捕食者と対峙した体験がないからだ。本書で紹介される実験が面白かった。捕食者のタラと同じ水槽で育てるグループ、ネットで仕切られた水槽で安全を守りながらタラと同居するグループ、捕食者なしで育てられるグループを比較すると、捕食者の近くで育ったサケほど危険を避ける能力が高かった。特にタラと同居した最初のグループは群れを作って泳ぐ防衛力の高い〝群泳行動〟まで身に付けていた。

 

 

より幸せに生きるために青年期をどう過ごすか

 

青年期に学ぶべきことは安全の確保のほかにもある。社会性、求愛行動、自立する力だ。そのどれが欠けても自然界では生きられない。社会性の形成について触れる第2部では、ブチハイエナの若者が主人公となる。群れの中にヒエラルキー社会を形成するタンザニアのハイエナ社会で、最下位の子供として生まれた1頭の雄が、恵まれない環境の中でいじめられながらも社会性を学び、大きな決断をきっかけに上位層にのし上がっていくまでの調査が詳しくレポートされているが、そのシーンは感動を覚えるほどだ。

 

求愛行動について書かれた第3部ではメスのザトウクジラが主人公となる。セックスは本能だから動物なら学ばなくてもできるだろうなんて思ったら大間違い。著者は「セックスはたやすい。しかし、ロマンスは手ごわい」と言うがまさにその通り。求愛行動を学習しないと子孫を残すことさえできない動物界の現実が述べられる。

 

自立について述べられる第4部を含め、全編にわたって共通するのは、主人公を演じる動物以外の実例(脇役?)も豊富で、人間についても詳細に言及していること。とにかく退屈しない。読んでいるうちに人間も動物も同じ生き物であることにどんどん気づいていく。そして、生き延びて成長するためには青年期に失敗を含む経験を積むことが大切なのだと痛感するだろう。日本縦断を断念した若者には、ぜひ再チャレンジする機会が与えられることを祈りたい。(鈴木裕也・科学読み物研究家)

 

 

⇒noteで『WILDHOOD野生の青年期』のプロローグを試し読みいただけます

⇒目次など詳細はこちら

 

 

 

白揚社だよりVol.13 

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