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科学読み物研究家・鈴木裕也の《注目書》『ルーズな文化とタイトな文化』書評

2022.12.09

 

一般向けポピュラーサイエンス読み物を読み漁り、書評を書くライター・鈴木裕也さんが選んだ、イチオシの本を紹介するコーナーです

(白揚社の書籍に挟んでいる「白揚社だよりvol.14」からの転載)

 

 

 

あらゆる文化比較に応用できる1つの尺度
ルールの厳しさの度合いで社会を解読

 

東京の地下鉄が通勤ラッシュの満員状態でも静まり返っている一方、ニューヨークの地下鉄は常に騒々しい。このような違いが生じるのは、ルールに厳しいタイトな文化であるか、そうではないルーズな文化であるかという差異があるからだ――。「ルーズかタイトか」、本書は、たったそれだけの尺度で社会は解読できるとして、多様な人間社会の本質を見事に分析して見せた。ハーバード大学のスティーブン・ピンカー教授ら多くの〝知の巨人〟たちからも「革新的」と称賛された一冊だ。
 

30か国余りの首都で街中にある時計を調べたところ、オーストリア、シンガポール、日本などのタイトな文化の国では30秒未満のズレしかなかったが、ブラジルやギリシャなどルーズな文化の国では2分近いズレがあった。比較文化心理学の専門家である著者のゲルファンド氏は、こうした文化の違いは、これまで経験してきた侵略や戦争の歴史、自然災害や疫病の頻度、人口密度など、さまざまな要因によって作られたものだとする。
 

この尺度が応用できるのはお国柄だけではない。同じアメリカでも州によって「ルーズ/タイト」の度合いは異なる。大雑把に言えば南部州は比較的タイトで、西海岸地区はルーズになりがちだという。さらに、所属する階級が上層階級なのか労働者階級なのかでも違いが現れるし、企業などの組織によっても異なってくることが実証的に示される。
 

組織による違いについて分析した章では、会社員だった昔の自分を思い出した。私は新卒で入社し、週刊誌の編集部に配属されたが、そこは新聞社系の出版社だったこともあり、スーツにネクタイが当たり前。上下関係も厳しく、会議に遅刻しようものなら上司の罵声が飛んできた。3年後、その出版社がテレビ系出版社に吸収合併されると、環境がガラリと変わった。ジーンズにポロシャツが当たり前で、ネクタイ着用は年に数度。上司とフランクに飲みに行く機会も急に増えた。まさにタイトな企業文化そのものだった職場が、ルーズな文化の編集部に変わった当時の戸惑いが、本書を読むうちに納得できてスッキリした。
 

大事なのは、タイトだから良いとか、ルーズはダメだということではないという視点だろう。タイトな文化には生活に規律があり治安もいいが、ルーズな文化ほどの創造性や自由の精神に欠ける。これは逆のことも言えるわけで、どちらかが優れているということではない。
 

望ましく幸福な社会の姿はルーズすぎず、タイトすぎず


 

それではいったい自由(ルーズ)と制約(タイト)ではどちらが幸せなのか? 実はルーズすぎる国もタイトすぎる国も政情不安に陥りやすく、国民一人当たりのGDPも最低レベルになるというデータが示すように、過剰な自由や制約は幸福と結びつかないのだ。著者が出した結論は「極端を避ける」だ。つまり、ストレスが少なすぎるのが、多すぎるのと同じくらい有害なように、自由すぎず適度に制約のある中庸な社会が望ましいのだ。これを論じる応用編は圧巻の読みごたえとなっている。
 

マスクをするかしないかなど国ごとに対策が分かれたコロナ対策、格差社会への対応の仕方、スキャンダルへの向き合い方……本書を読んでいる間に、社会で起きている出来事や日常のいろいろな場面への対応の仕方について、その当事者(国や自治体、政党や組織、あるいは個人)が「ルーズか、タイトか」という視点で考えてしまう癖がついた。しかも、そう考えることで、なんとなく問題の本質がわかった気になってしまうという、非常に面白い読書体験を味わえた。
 

良書は読者に新しい知見や考え方を教えてくれる。本書はそれだけでなく、さらに自分なりに物事を考えるきっかけも私に与えてくれた。(鈴木裕也・科学読み物研究家)

 

 

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白揚社だよりVol.14 

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