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科学読み物研究家・鈴木裕也の書評で読む『イエローストーンのオオカミ』

2024.06.04

一般向けポピュラーサイエンス読み物を読み漁り、書評を書くライター・鈴木裕也さんが選んだ、イチオシの本を紹介するコーナーです

(白揚社の書籍に挟んでいる「白揚社だよりvol.19」からの転載)

 

荒れ果てた生態系の回復のため放たれた野生のオオカミたちの感動の記録

 

読み終わって本を閉じるときに、これほど満ち足りた気持ちになったことはなかった。まるで、良質な野生動物のドキュメンタリー番組を見終わったときの感動に近い、豊かな気持ちになった。本書に登場するオオカミたちは、ディズニー映画に出てくる動物たちのように愛情深く、勇気に満ち溢れ、時には人間臭さすら感じさせる。「オオカミ=狂暴で怖い」という私の先入観は完全に間違っていたことがわかっただけでなく、オオカミのファンになってしまっていた。

 

本書はアメリカ合衆国のアイダホ、モンタナ、ワイオミング3州にまたがる広大なイエローストーン国立公園に、カナダのアルバータ州から導入された14頭の野生のオオカミたちの観察記録である。著者のリック・マッキンタイアはアメリカ各地の国立公園でオオカミ観察を続けてきたナチュラリストで、イエローストーンにオオカミが放たれた1995年にオオカミ解説者として雇われた。観光客相手に解説者としての仕事を続けながら、毎日のように日の出前からオオカミたちの観察を続けた。本書はそんな著者によるオオカミ導入から約5年間の〝オオカミ愛〟溢れる観察記録である。

 

強制的に移動させられたオオカミたちをイエローストーンに馴らすための馴化期間に著者が注目したのは、最も小柄で「おちびさん」と呼ばれた「識別番号8番」のオスだった。著者がナンバー8のオオカミに注目したのは、8の勇気ある行動を目撃したからだ。自分より体の大きい兄弟たちがハイイログマに狙われた際に、たった1人で敵に立ち向かったのだ。

 

その他の場面も見どころ一杯だ。子オオカミの兄弟が口に咥えた枝を投げて遊ぶ姿や、つがいのオオカミたちの愛情あふれる〝デート〟現場の様子、群れが1つのチームになって獲物を捕らえる場面、1頭のオスと2頭のメスの三角関係など、著者が本書に描く貴重なオオカミたちの生態はどこを取っても感動ものだった。

 

 

地域に年間40億円以上の経済効果も

 

著者のオオカミ愛を最も感じたのは、常に自分の経験をオオカミたちの行動に当てはめて伝えるところだ。例えば、体の小さいナンバー8が年長で体の大きい別の群れのオオカミを撃退するシーンでは、少年時代に自分よりずっと体の大きな友人と決闘をしなければならなくなった時の体験をつづっている。私は著者の術中にハマり、読み進めるごとにオオカミたちをより身近な存在に思えるようになっていった。

 

そもそもオオカミがイエローストーンに導入された理由は、生態系の改善にある。この地に生息していた最後のオオカミが1926年に射殺されると、頂点捕食者が不在となった公園でエルク(アメリカアカシカ)が増殖し始める。園内の草や若芽はエルクに食べつくされ、オオカミが食べ残した獲物のおこぼれがなくなった腐肉食動物は減少し始めた。園内の生態系は壊滅状態に置かれていた。長い紆余曲折期間を経て、ようやくクリントン政権下でオオカミ導入が承認された。

 

当初導入された14頭は成長し新たな家族を作り、その数を増やしていく。その一方で、増え続けて環境収容力の4倍に及ぶ1万9000頭にまで膨れ上がったエルクの数は6000頭余りまで減った。絶滅危機にあった腐肉食動物や消えたビーバーも復活、植物たちも生き返った。しかもオオカミ見学者の増加に伴い、地域社会には年間3550万ドル(約43億円)の観光収入ももたらした。

 

昨今、クマやイノシシなどの野生動物による被害が深刻化している日本でも同様なことができないのか。本書を読んだ誰もが、そう思うのではないか。もちろん、イエローストーンでもそうだったように、オオカミ導入に反対する人はいるだろう。それでも検討する価値はあると私は思う。(鈴木裕也・科学読み物研究家)

⇒noteで『イエローストーンのオオカミ』のプロローグを試し読みいただけます

⇒目次など詳細はこちら

 

 

白揚社だよりVol.19

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