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科学読み物研究家・鈴木裕也の書評で読む『情報セキュリティの敗北史』

2023.11.28

一般向けポピュラーサイエンス読み物を読み漁り、書評を書くライター・鈴木裕也さんが選んだ、イチオシの本を紹介するコーナーです

(白揚社の書籍に挟んでいる「白揚社だよりvol.17」からの転載)

 

私たちが日々向き合うパソコン画面の裏側で起きていた

セキュリティをめぐる攻防

 

私が初めてパソコンなるものを手にしたのは1993年、マッキントッシュの普及機「パフォーマ」だった。通信は行わず、ほぼワープロとして使用していた。その2年後、ウィンドウズ95の発売とともにウィンドウズ派に転向したのを機に、悪戦苦闘しながらネットの世界に入っていった。今でいう「有害サイト」も渡り歩き、ウイルスらしきものに感染した経験もある。本書を読んで当時の記憶が甦った。失敗を繰り返しつつ試行錯誤しながら、ネット社会に後れを取らぬよう必死になっていた若き日の自分……。

 

当時の私には、情報セキュリティなどという概念は希薄だった。悪意あるリンクを踏んでしまってパソコンが動かなくなっても、強制終了して再起動すればいい。そんな原始的な対処法でも、なんとか事なきを得ていたように記憶している。ウィンドウズ95世代のユーザーはみな、きっとその程度のものだったのではないか。しかし、その裏側で開発者たちはセキュリティを高めるためにどんな努力や工夫をしていたのか、改めて知らされた。

 

本書は情報セキュリティに関する詳細な歴史書であると同時に、コンピューターの歴史書でもある。両者はそれほど切っても切れない関係にある。しかもただの歴史書ではない。太古の悠久を感じさせるロマンは欠片もないし、弓と剣で戦った時代の血生臭さもない。あるのは、一般ユーザーには見えない形で静かに、しかし激しく繰り広げられた攻防だ。そんな攻防を余すところなく描いた本書に魅せられてしまう理由の一つは、同時代性だろう。何しろ情報セキュリティの歴史の始まりは1942年。現代を生きる我々と同時代の歴史が本書には描かれている。わずか100年にも満たない期間に、これだけ多くの勝者と敗者の物語が詰まった歴史書が面白くないわけがない。

 

ゲイツが主導したマイクロソフトの挑戦

 

情報セキュリティというと、プログラミングの知識やハッキングの技術など難しい専門分野の話というイメージがあるかもしれないが、本書は技術書ではない。戦国時代の武将の物語を読むように、開発者とハッカーたちの攻防の物語だと思って読めば、実に人間味あふれた話だとわかるはずだ。守る側が知恵を振り絞って安全策を講じても、攻める側は防御の抜け穴を見つけて攻撃する。守る側が修正してもまた別の抜け穴を見つける。まさに守る側と攻める側の「いたちごっこ」の歴史がユーザーの知らない裏面で絶えず行われていたことを知れたのは大きな発見だった。

 

中でも興味を引いたのが、セキュリティ問題で評価が低かったマイクロソフトが、ビル・ゲイツの鶴の一声で取り組んだセキュリティ対策のプロジェクトが数年がかりで結果を出していくさまが語られる部分だった。まるで池井戸潤や城山三郎の企業小説を読んでいるかのような面白さがあった。ほかにも、最近「パスワードを定期的に変更してください」と言われなくなった情報セキュリティ上の理由についての説明や、昨今の最大の問題点ともいえる国家によるハッキング戦争についての記述は目からウロコの連続だった。

 

本書を読んで痛感したのは、私自身のセキュリティに対する認識の甘さだ。それでもいまのところ大した被害もなく過ごせているのは、負け続ける歴史の中でセキュリティを更新し続けてくれている開発者たちのおかげなのかもしれない。セキュリティ音痴の私でさえ、明日からは、せめてパスワード管理だけでもちゃんと実践しようと決意した。読了時には、そんな開発者たちに感謝の意を表すために、味わうようにゆっくりと本を閉じていた。(鈴木裕也・科学読み物研究家)

 

 

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白揚社だよりVol.17

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